大型連休、不要不急の外出を控えて、「密」を避けたポタリングへ出かけました。
雨が降ってきたらヒョイッと輪行で帰れるように、DAHON SPEED をチョイス。
踏切で1時間に1本しか来ない普通列車に出合うとは・・・ツイテイル??
岩見川と雄物川の合流するあたり、ただでさえ静かな河畔なのに、新型コロナの影響なのか、ほんとうに誰も居ない。
あ、たき火の跡はあったような気がする。
ほとんど自転車にも会わないこともある「秋田サイクリングロード」。
そのむかし、AKT秋田テレビがサイクリング大会を開いてましたよね?
正式名称を「一般県道 雄和仁別自転車道線」と言います。
秋田市仁別から秋田市雄和椿川までの約35kmの自転車道です。
秋田市仁井田と豊岩を結ぶ「秋田南大橋」は平成10年(1998年)に開通。
あって当たり前すぎるけれど、無かったときは不便だったのだろうな。
今日はここから橋を渡り、対岸の土手の上を下って行こうと思います。
秋田南大橋の南側下流部にある「石田坂渡船場跡地」の碑。
そうか、橋ができるよりも前には、渡し船があったのですね。
さらに下って行くと、鉄道橋が見えてきます。JR東日本の雄物川橋梁。
ごらんのとおり単線なので、秋田寄りの羽後牛島駅、酒田寄りの新屋駅では、それぞれ列車交換(行き違い)ができるようになっています。
この踏切は「第一雄物川踏切」。たぶん「第二・・・」は存在しないはず。
秋田公立美術大学。新型コロナのため、構内立ち入り禁止でした。
2001年までは、ここに国道7号の「秋田大橋」がありました。片側一車線の狭いトラス橋でしたが、この橋を渡ると「秋田に戻ってきた」という気分になったものです。
どうでもいいが、この年表板とかトラス橋構造物の説明板とか、劣化しすぎ。
現在の「秋田大橋」を渡って、秋田市茨島に入りました。
現在はショッピングセンターやスポーツ施設、住宅地の建ち並ぶ茨島のあたりはもともと工場地帯で、現在も三菱マテリアルがありますが、かつては羽後牛島駅からそれぞれの工場までの引き込み線がたくさんありました。当時の線路をイメージしているのでしょう、引き込み線の跡地を走る道路には、このような線路を使った造作があります。
三皇熊野神社 本宮の八重桜がキレイに咲いていました。
もこもこの八重桜、おそらく鹽竈桜、鹽竈神社で昭和25年~33年まで奉職した先代が持ってきたのかなって思っています。
金山宮司さんのFacebookにそんなことが書かれておりました。
行きとは反対側、土手の上のサイクリングロードを通って帰ります。
サイクルメーターの電池が切れていたことに気づかず、走行距離不明。