あきたポタリング日記

ポタリングとは、気の向くままに自転車で散歩をすること。 四季の美しい風景の中を のんびり走るのが好きです。 気になるアイテムやオススメのコースを紹介します。(2016年8月にnaturumから引っ越し)

6/17 協和の小学校めぐり-1

きのめたくさん?秋田県大仙市は、2005年3月22日に大曲市神岡町西仙北町中仙町協和町南外村仙北町、太田町が合併して誕生した。 このうち旧協和町内には荒川小、稲沢小、峰吉川小、船岡小、淀川小、小種小と6つの小学校があるが、平成20年4月に協和岸館地域に新設される「協和小学校」へ統合されることが議会で決まった。
そこで、これらの6つの小学校を1つ1つ、自転車で訪ねてみることにした。すると・・・・・とても寂しい現実を突きつけられる結果になりました。(キッカケは疲労貴婦人さんのBLOGです~)  にしても・・・タイトルだけ見ると、アヤシイ不審者のようだすな・・・ ==== 国道13号、協和船沢峠12:53 前日までの仕事疲れが抜けず(例によって)起きられなかった。まぁイイさ、行けるところまで行こう、と軽い気持ちで、昼近くなってからのスタートとなった。 これが後々、無謀な結果を生むことになる。写真は国道13号、協和船沢峠。坂のいちばんキツイ区間に歩道が付いていないのはキビシイ。
「新道」で国道と分かれる 13:01 一気に坂を下りたところで地形図を開いて、最初の目的地を探す。「新道」というバス停のある地点から、右方へ向かう国道と別れ、細い道を左へ折れる。森の間を抜けるこの細道は、昔の羽州街道の道筋であると言われる。
この踏切は大型自動車通行禁止です13:04 ほどなく奥羽本線秋田新幹線)の船岡踏切を渡る。右の草むらに倒れかかっている一時停止のレトロな標識といい、警報機や遮断機の妙な新しさといい、秋田新幹線の開業まで、もしかしたら第4種踏切(遮断機も警報機も設置されていない踏切) だったのかな?
雷様を祀っているのかな?13:06 奥羽線の踏切を渡ると一ノ渡集落に入る。 ここには「雷神社」という不思議な名前の神社が鎮座していた。 周辺の家並みは、決して古い建物ではなかったが、そこがかつて街道であったことを思わせるには充分な雰囲気が漂っていた。
クリックで拡大します13:21 最初の目的地・船岡小学校へ到着した。校庭では、野球部スポ少の元気な声が響いていた。 クリックで拡大しますクリックで拡大します
クリックで拡大します13:28 次の目的地へ移動を始めたところでふと目に入った、保育園の立派な門構えが気になって立ち寄ってみた。すると、ここにはかつて昭和57年に廃校になった、先代の「船岡小学校」が建っていた場所であることが分かった。
クリックで拡大します13:31 傍らには記念碑があり、このように書かれていた。 昭和三十七年四月一日 旧船岡小・旧宇津野小と統合し昭和三十八年五月現在地に新築。昭和五十七年四月 沢内小との統合により廃校。昭和五十七年三月  船岡小学校廃校記念
クリックで拡大します14:08 船岡から坂を下り、約6kmで、境のマチナカの高台・岸館地区にある荒川小学校へ到着した。同校HPの記載によれば、統合後の新しい「協和小学校」は、この場所に建てられるため、校舎が取り壊されることになるという。
クリックで拡大します14:11 ご覧のとおり、荒川小学校と協和中学校は隣り合わせになっている。協和中学校は協和中、淀川中、峰吉川中、船岡中の統合により昭和50年に開校した、協和では唯一の中学校である。 奇しくも隣に遅れて統合する小学校が追いかけてくる格好になる。
クリックで拡大します14:39 次の目的地までは約12.3km、国道46号を走っていくことになる。途中でトイレ休憩で大盛館に立ち寄る。この建物は昭和52年に旧荒川小学校と統合して廃校となった大盛小学校である。 昭和15年に閉山した荒川鉱山の繁栄していた昭和3年には816名の児童数を誇ったという。
荒川鉱山にはサイクリングロードがあるらしい。太平洋戦争前に閉山した鉱山跡を巡るサイクリングか・・・何か出そうだな(^^;)
次回へ続きます

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